ママ記者瀬川の野球少年+熱血監督追っかけ日誌
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今日(といってももう昨日・・・20日)の夕方はお世話になった方のお通夜に行ってきました。酒井敏明さん、73歳、もと中日ドラゴンズのキャッチャーで、引退後は東京中日スポーツの記者として活躍されていた方です。
三重県の桑名高校から早大に進み、六大学のベストナインに選ばれたことも。オールジャパンとして長嶋茂雄さんやキャスターとして活躍された佐々木信也さんらとともに海外遠征に行ってアジアチャンピオンにも貢献しました。中日には6年間在籍して301試合に出場されています。
引退後、東京中日スポーツの記者から報道部次長、編集委員などを経て、定年退職した後も大学野球を中心に記事を書かれていました。そんな酒井さんとお話しさせていただくようになったのは、定年退職されたあと。。。ですから13年くらい前になるでしょうか。私の机が酒井さんの隣りになってからです。
報道部の日中はガランとしているのですが(みな記者は取材に行ってしまいますから)、たまに私が日中に行くと、酒井さんは「待ってました!」とばかりに、いろんな話しをしてきます。昔の大学野球の話しやプロ野球の話しなど、私の知らない世界の話しをしてくださるので、とっても楽しく、いつも聞き入っていました。一緒に六大学野球や東都大学野球を見に行って、監督さんなどを紹介していただいたこともありました。
六大学の監督さんたちも、酒井さんにはいつも敬礼されるというか、一目置いていましたね。が、酒井さんはとっても腰が低くて、「まぁまぁ、いいからいいから」っとニカ~っと笑っては、手厚く歓迎されることを苦手とされていました(^。^;)
話しをするのがとっても好きで、話しの内容も面白いのだけれど、「早く行って会社で仕事しよー♪」と思っていても、隣りから酒井さんが話しかけてきて、ずーっと話してしまって、私の仕事は全く進まない!!なぁんてこともよくありましたっっ(^_^;
ま、それはいいとして、まだまだ教えていただきたいことがいっぱいあったのに、残念です。お通夜には野球関係者など多数来ていらっしゃいました。娘さんでしょうか、ずっと泣いていらっしゃってる姿をみて、私も涙がこみ上げてきました。ご冥福をお祈りいたします。。。
さて、このあとベネズエラ最新情報!!
三重県の桑名高校から早大に進み、六大学のベストナインに選ばれたことも。オールジャパンとして長嶋茂雄さんやキャスターとして活躍された佐々木信也さんらとともに海外遠征に行ってアジアチャンピオンにも貢献しました。中日には6年間在籍して301試合に出場されています。
引退後、東京中日スポーツの記者から報道部次長、編集委員などを経て、定年退職した後も大学野球を中心に記事を書かれていました。そんな酒井さんとお話しさせていただくようになったのは、定年退職されたあと。。。ですから13年くらい前になるでしょうか。私の机が酒井さんの隣りになってからです。
報道部の日中はガランとしているのですが(みな記者は取材に行ってしまいますから)、たまに私が日中に行くと、酒井さんは「待ってました!」とばかりに、いろんな話しをしてきます。昔の大学野球の話しやプロ野球の話しなど、私の知らない世界の話しをしてくださるので、とっても楽しく、いつも聞き入っていました。一緒に六大学野球や東都大学野球を見に行って、監督さんなどを紹介していただいたこともありました。
六大学の監督さんたちも、酒井さんにはいつも敬礼されるというか、一目置いていましたね。が、酒井さんはとっても腰が低くて、「まぁまぁ、いいからいいから」っとニカ~っと笑っては、手厚く歓迎されることを苦手とされていました(^。^;)
話しをするのがとっても好きで、話しの内容も面白いのだけれど、「早く行って会社で仕事しよー♪」と思っていても、隣りから酒井さんが話しかけてきて、ずーっと話してしまって、私の仕事は全く進まない!!なぁんてこともよくありましたっっ(^_^;
ま、それはいいとして、まだまだ教えていただきたいことがいっぱいあったのに、残念です。お通夜には野球関係者など多数来ていらっしゃいました。娘さんでしょうか、ずっと泣いていらっしゃってる姿をみて、私も涙がこみ上げてきました。ご冥福をお祈りいたします。。。
さて、このあとベネズエラ最新情報!!
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