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今日の午後はもと千葉ジャガーズ(ポニー)のセカンド・ケイスケくんに会いに千葉まで行ってきました。
3年前、中学3年だったケイスケくんは千葉ジャガーズのセカンドとしてポニーの関東大会で優勝。ジャイアンツカップ出場を決めました。いい笑顔をしていました。ジャイアンツカップ初戦は大田スタジアム。武蔵府中シニアと対戦し、大差で敗れはしましたが、憧れの舞台を目いっぱい楽しんでいました。
でも、その直後、T細胞性急性リンパ性白血病を発症。まさか…でした。
その後、骨髄移植を受けて8ヵ月後に退院。高校で野球部にも入り元気に頑張っていましたが、昨秋、再発。二度目の骨髄移植を受けました。今はまた回復目指して闘病生活を送っています。
ケイスケくんの千葉ジャガ時代のチームメイト、長友昭憲くんと、天川大勢くんは、東海大望洋のエース、そしてファーストとして、明日開幕する選抜甲子園に出場します。明日の開会式、東海大望洋の試合、ケイスケくんは病室からきっと声援を送ると思います。
ケイスケくんにとっても、高校野球最後の年。春はまだ病院かもしれないけど、夏にはグラウンドに戻れるといいなと思います。千葉マリンスタジアムで、入場行進ができたらいいなと思います。
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ケイスケくんのお母さんも、付きっきりで大変そうですが、母の愛情を感じました。今までもメールなどでやりとりしてきて、もし、自分だったら…と何度も置き換えて考えましたが……ケイスケママ、スゴイです。
ケイスケママは私のことは千葉ジャガ時代に何度も見ているそうですが、私が見るのは初めて。第一印象は「若い!」 お年を聞いたら、私よりも1つ年下でした。年下なのに高校2年生のお母さん~?☆(゜▽゜)☆ とてもしっかりしていて、強さを感じました。いや、愛息のために、強くなったのかもしれません。
ケイスケママとは2時間ぐらいお話をしましたが、途中、涙が出ちゃうような話も……。いろいろ話した最後に「なんでウチの子がこんなことに…って思うこともあります… 何も悪いことしたわけじゃないのにって。悪いことをしている人はいるのに…って思っちゃうことも…」って話してました。そうですよね。。。
病気の重度は違いますが、私も小僧を生んだ直後に病気が発覚し、しばらく抗ガン剤治療を受けることになりました。そのとき、「なんで私ばっかりこんな目に… 一緒に妊婦生活を送ってきた友だちたちは、みんな退院して赤ちゃんと外を歩いているのに、なんで私だけ退院できないの? なんで私だけこんな目に…」って思いました。
何度か治療を繰り返して、それでも退院できなくて、悔しくて、夜、しくしく泣いていて……。でも、病室の私のベットの隣りで小さなベビーベットで寝ていた小僧の寝顔が支えてくれました。
で、ふっと、これは、神様が私に与えた試練なんだ、神様が私だったら耐えられるから私にこの病気を与えたんだ、私なら乗り越えられるから私だったんだ、だから絶対乗り越えられる、って思えたんです。それからふっと気が楽になったというか、だから私は頑張らなきゃいけないんだ、この子(小僧)のためにも…って思ったんです。
ケイスケママも同じことを思っているみたい。だから、ケイスケと一緒に頑張るって。家族と結束して頑張るって。
私がケイスケくんのためにできることなんて何もないけど、今回、ケイスケくんがどんだけ頑張っているか、周りの人がどんなふうに彼を支えてきたか、ということを書いてみようと思ってます。ケイスケくんも、ケイスケママも「励みになるし、支えてくれた人への恩返しになると思うのでお受けします(^_^)」と了承してくれたので。
彼については、今までこのブログでも何度か紹介させていただいているので、読んだことない人は、ブログ内検索をしてみてみてください。それを書いて以来、知人、見ず知らずの人問わず、皆さんから「千葉ジャガのケイスケくん、どうしてますか?」「元気になりましたか?」というメールをいただいていてきました。みんなも心配したり気にかけてくださっていたのが、私もうれしかった。
そんな方々にも、彼のこの3年間をお伝えできればと思ってます。掲載誌はまた後日紹介します。
追伸
千葉ジャガOB、長友&天川くん、甲子園でガンバレ!! ケイスケくんにいいとこ見せてね!!