忍者ブログ
ママ記者瀬川の野球少年+熱血監督追っかけ日誌
[193]  [192]  [190]  [189]  [188]  [187]  [186]  [185]  [184]  [183]  [182
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2月10日のシニアの城東ブロック親善大会取材の続きです!

臨海第二Gで松坂くんが所属していた江戸川南リトルの有安総監督にお会いし、その後、夢の島グラウンドに移動。夢の島はたくさん球場があるのですが、駐車場に一番近い球場で、見覚えのあるユニフォームをきた学童軟式野球のチームが練習をしてました。

小学生でありながら、結構厳しい練習をしています。監督も気合い十分で教えています! 「なかなかスパルタだな~」 よく見えなかったのですが、水色のユニフォームに胸には赤で「P」の頭文字から始まるチーム名が「パ、パ、パイレーツ? ペ、ぺ、ぺがつくチーム? 知らないな~。見たことあるユニフォームだけど、急いでるし、ま、いいか」ぐらいで通り過ぎたのですが・・・。 

帰りに、江東シニアの佐野寛継会長と駐車場まで歩いているときに、「このチーム、どこですか?」って聞いたら、「東陽フェニックスだよ!」と!! 「そっか~~、松坂くんがいたチームじゃないですかっっ!!」って(^。^;) なんでさっき気付かなかったんだろー私。胸の文字、「P」から始まってたから「パ行」で始まるチームかと思ったら「フェニックス」も「PHOENIX」で「P」から始まるんでした(^。^;)  

それにしても、久しぶりですっ 東陽フェニックスを見るのは!! それこそ、松坂くんが学童都大会に出てきたとき以来じゃないかな~。でも、ユニフォームは当時と同じというのがうれしいっ(*≧∇≦) さっそく突撃取材です!!

070210toyo_ren.JPG

 

 

 

 

 

▲指導をしているのは、塚田監督(左)。松坂くんが6年生のときからコーチをしていて、東陽フェニックスの指導をして14年になる大ベテランです! ふだんは、行きに見た雰囲気のとおり、とっても厳しいようですね~っっ でも、遊びの時間になると優しい眼差しに変わります! 上の写真は昼休み後のひととき。みんな楽しそうです!

松坂くんがいたときは、湾岸道路の高架下などで練習したのですが、今は別のところで練習していて、この夢の島グラウンドは試合のときだけ。この日は、オフシーズンで試合もなかったのですが、たまたまそこで練習していたとか。ホント、偶然会えたわけですね~。ラッキーでした!

「松坂効果で入部希望者も多いんじゃないですか?」って聞いたら、塚田監督は「みんなこのチームに大輔がいたなんて知らないでしょう。だから入ってこないですよ」って。確かに、ユニフォームに「このチームが松坂大輔を生んだチームです」なんて書いてあるわけじゃないし、分かりませんね(;^_^A 

「大輔もプロに入ってから1回もこないしね~」と、江戸川南リトルの有安監督同様、ちょっと寂しそうでしたよぉ。「60億もらったって、何もないし(*v.v)」ともっっ(*_*)  松坂くん、今度帰国したら、ぜひ、出身チームに行ってあげてください~~っ! で、ボールの1ダースでも、いや、ボストンのお土産でもあげてください~~!! ちなみに、「弟の恭平は何回かきたよ」 とのこと。まぁ、「世界の松坂」が動けばマスコミもついてくるし、迷惑かけたくないってこともあるのかなぁと思いますけど・・・・、でも、やっぱり後輩たちは待ってますよ!!

070210toyo_syugo.JPG

 

 

 

 

 

▲僕たちも頑張ってプロ野球選手になるぞ!! と、5,6年生たち。この後、みんなに話しを聞いたら、「松坂大輔先輩」の活躍をとっても楽しみにしている様子。5年生の清水裕一くんは「練習は厳しいけど、うまくなりたいから頑張れます!」と。「松坂投手と同じユニフォームをきて野球ができるのもうれしいです」「松坂投手が勝つと気合いも入る!」「やる気も出ます!」と話してくれました。

070210toyo_saito.JPG

 

 

 

 

 

 

 

▲こちらが、チームで一番、松坂先輩を目標にして頑張っているという斉藤優一郎くん。ポジションはもちろんピッチャー。斉藤くんは「松坂投手のことを目標にしています。日本のエースでかっこいいし、ああいうふうに活躍したいです!」とやる気マンマンでした~

松坂くんが東陽フェニックス時代につけていた背番号4の選手を捜したのですが、残念ながらお休みで(+_+) なぜ、松坂はショート兼ピッチャーだったのに「4」をつけていたかというと、当時、チームの最強バッターが付けるのが代々「4」と決まっていたからです。2つ年下の弟・恭平くんも「4」をつけていて、その後は「恭平くんがつけていた4番をつけたい!」という後輩が多かったとか。恭平くんも後輩に大人気だったです!

あ、もう1つ、塚田監督が話していたのが、「大輔は打つのは好きでよかったけど、ピッチャーとしてはね~ストライク入らないから試合にならなくてね」って。そうそう、そうでしたね!! あのスーパーピッチャーも小学生のときは「アレ球」で有名でしたからね(^。^;)、小学生、中学生でコントロールの定まらないピッチャーも根気強く練習してけば、ちゃんとコントロールつきますよ!!

070210toyo_heru.JPG

 

 

 

 

 

 

 

▲帰るときに目についたのが、このヘルメットやグラブがきちんと並べておいてある光景。野球の基本はやはり、こういうところからですね。

ということで、東陽フェニックスのみなさん、突然お邪魔して失礼いたしましたっっ でも偶然会えて話しもできて楽しかったです! 夏の学童都大会は東京中日スポーツ主催だし、取材に行くかもしれないので、また会えるかなぁ。昨年は出てましたね!今年も待ってます!!(^_-)~☆

PR
この記事にコメントする
color
name
subject
mail
url
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
最新コメント
[03/28 DON]
[03/28 DON]
[03/13 齋藤]
[02/17 上尾野球おやじ]
[02/15 齋藤]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
瀬川ふみ子
性別:
女性
職業:
ママ
趣味:
野球観戦、旅
バーコード
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ [PR]

photo byAnghel. 
◎ Template by hanamaru.